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あの頃の闘う気持ち

あの頃の闘う気持ち

(今回の内容は女性には面白くないと思う  数少ない男性読者にはもしかしたら響くかも)

自信が大切だな~ と最近よく思う 

自信があるだけで何倍にもよく見える、響き方が違う、頼りたくなってしまう

自信はあった方がいいよね きっと

かくいう僕は、子供のころから「その自信はどこからくるのか」と身内で言われてきたから、きっとそうなのかな 自覚はなかったけど  

でも、自信過剰というよりも「本気でやればできないことはない」を信じているんだ  それと自信を奮い立たせることはできる  この能力は結構いい

僕が今、自信が大切 と考えて生活しているのは高校生のころの体験があると思っている  

それは習いものだ 

今でこそ、あらゆる格闘技が巷でジムを開いているが、当時は空手、柔道、合気道、ボクシングくらいだったろう  

僕が行きたかったのはこれ以外になかった  極真空手だ  ここは「地上最強の空手」というあまりに強烈なネーミングもあった  これに惹かれない男はいない

そしてそれは中学校時代が大きく関係していると思う

僕が通った学校は、3つの小学校から集まった生徒で構成されていた 北九条小学校という小さい世界で育った僕は、進学し今まで接することがなかった人種とあった 

茶髪、パーマ、ぼんたん、短ラン・・ テレビでみたような奴らがいる  平静を装ってはいたものの、内心は絡まれないようにビビッていた  

小学生の頃は剣道を習い、家では毎日腕立て伏せをしていた僕は、腕力には多少自信があった(これは自信過剰以外の何物でもない)  家でも、パンチがこうきたらこうかわす という想定の訓練もしていた  笑えるのはそのグッズを自分で作って練習していたことだ  

それは(ヤンキーから)何かあればやってやろう  俺は悪い奴には負けない!

びびりのくせにそんなことばかりを考えていた 

学校生活ではヤンキーの下っ端にちょっかいをかけられることはあったものの、大した問題にはならなかった  直接の事件はなかった・・・ 

いやあったな  そういえば  

体育でフットサルをやっていた時、本気で蹴ったボールが至近距離の下っ端の腹に直撃して、うずくまらせてしまった  これには、少し焦った  誰も本気で蹴るやつなんかいないのに空気の読めない小僧だった

そいつを怖くはなかったが、上の奴が出てきたら嫌だな とドキドキしていた・・ でも大丈夫だった  

そういえば僕の友人が1つ下のヤンキーに殴られた事件もあった  これには衝撃を受けた  数日学校を休んだ彼は眼帯をしてきて、それを知った  何もできず、かける言葉すら浮かんでこなかった  平和に育った僕に暴力はあまりにかけ離れた世界だった

僕の中学校生活ではヤンキーとの共生がひとつの隠れたテーマだったように思える

そして高校生になると同時くらいに「地上最強の空手」を習うことになる  これは中学校で出会ったヤンキーに対抗したいという気持ちがほとんどだと思う  びびりたくなかったし、対峙することがあった時に逃げたくなかったからだ  びびる自分を許せない気持ちが強かったろう

道場は変なにおいがして、決してきれいなつくりではない  それは武骨な空手家が運営しているからだと思われる   最初の1か月くらいは受付に会員証を渡すだけでもドキドキ緊張していた  ここには地上最強の空手の猛者たちが集まるのだから  

空手の練習は初級、中級、上級とある  地上最強は初級の最初からもうきつかった  拳立てという拳で腕立てをする筋トレは、拳が痛すぎて耐えられなかった  100kgの先生に腹を踏まれるのも内臓が飛び出るかと思った 皆で行うジャンピングスクワットもきつかった   

少し慣れて中級に行くと、胸を腹を太ももをしこたま殴られ蹴られた  更衣室までは階段で移動するのだけど、太ももが痛くて上がるのに毎回時間がかかるのは極真あるあるだと思う  翌日の学校の階段もしかめっ面だ

週に2・3度通い、太ももも慣れてくる  極真を習っているという自信が付き始めてくる  その頃には高校のヤンキーに対して何も感じることはなかった  たいがいの奴ならやっても負けないことはわかっていたし、「極真をやっている」と知られるだけで皆が「おぉ すげえ」という反応だったからだ 

1年ほど通うとそろそろ色帯が欲しい  先生からも許可が出て昇給審査に挑む  

筆記、型までは誰もが順調にできる、が試し割りからは難易度が上がる  50kg位の荷重で割れる板を2枚手刀で割るのが白帯から青帯  これは誰でもできるが、その上になると 未経験者には無理だ  

ちなみに、黄色帯になるには後ろ回し蹴りで板を2枚、緑帯になるにはブロックを足で割らなくてはいけない  300kg荷重のブロックをだ  3割が1度でできずにどんどん窮地に追いやられる  足がどんどん赤く腫れていく、もうしばらくはつかいものにならないほどに  僕は1度失敗すると大変なのを知っていたので、1回で勝負をつけ何とか成功した  

試し割の次は同じ帯同志で組手を3人ほど  そして最後に残っている10人組手が、極真が厳しいと言われる所以だ

黒帯と茶帯の先輩たちがずらっと10人並び、その前に僕らが並ぶ  1分間本気で戦う 今これを書いているだけでもアドレナリンが放出するほどだ

極真の黒帯の強さは異常だった  腹にパンチをしたら拳が痛くなるほどの硬さ、足の甲やスネは日頃から砂袋を蹴っているため鋼鉄ほどの硬さをもつ  そんな足で蹴られたら手が折れるのではないかというほど  

技も半端ではない  握手をするほどの距離から相手の頭を横から蹴られるほどの柔軟性をもつ  この技を僕らはハイキックと言っているが、これを受けられる素人はみたことがない  

僕の極真の知人は、ヤンキーに絡まれ、いきなりハイキックをされたのを手でガードし、その直後すぐにハイキックをした  ヤンキーは意識を失って倒れたらしい  絶対、極真に喧嘩を売ってはいけない  

僕にそういう武勇伝はないが、不意に後ろから飛んできたボールを顔だけでよけたのを見た同級生には驚かれた  

極真に喧嘩を売ってはいけない  極真は下っ端でもそれくらい動ける  その最高峰が黒帯  別格だ

審査ではそんな黒帯とそれに準ずる茶帯の猛者たちを相手に10回も戦わなくてはいけない

こんな恐ろしいことはない  勝てるとか勝てないとかではない  最後まで立っていられるか  どうしてこの10分を耐えるのか

記憶の断片にあるのは、パンチの一発一発に顔をしかめ、打たれた場所をガードし、空いているところを蹴られ壁にたたきつけられる  

たたきつけられると「どうして参ったしないんだっ」と怒鳴られる  え~参ったって言っていいの? そんなシステムなの? 初めてのことにとまどいつつ  でもできるだけ参ったはしたくない  それはダサイ、格好悪い、逃げていると思われる  

何度も何度も壁に叩きつけられ、足を蹴られて転び、立たされて腹も胸も殴られる  痛いし、辛いし、自分の攻撃は全く効かないし  とにかく自分の弱さをまざまざと思い知らされる 

自分のたちの順番が終わると他の組を見ることができる  その時は、あぐらをかいて足の付け根に拳をつけて待つ  どんなに痛くてもそれを崩してはいけない

ほかの組も激しい  太ももを蹴られて両方の足が吹き飛び転ぶひと、顔を蹴られて倒れるひと、10人が10人ともそんな調子だ  黒帯も茶帯も手を抜かない  これは極真の伝統なのだ  

師範の気まぐれで、「よし もう1周するか」と言ったときもあった  タガがはずれていた僕は「よし! やってやろうじゃねえか」と気合が入ったが、端っこにいた、のび太君にそっくりな高校生は「もう足が痛いので無理です」と言って立たない  周りの先輩に怒られ、立たされ無理やりやらされていたけど  きっと彼はその後男になったと思う

一緒に昇給審査を受けた友人は筆記試験後の記憶が全くないという  そして鼓膜が破けてしまった  きっと顔を蹴られたんだろう  それも珍しい話ではない

それが極真だ  リンチに近いほどの激しい組手  あの体験はかなり貴重だろう  審査の度それを経験するんだ

青帯になり、毎回中級に参加するようになる もう初級だと物足りない  でも先輩たちは厳しく怖い そしてやたらと強い  毎回しごかれる  

そんな感じなものだから体育の時、ジャージに着替えていると「リンチにでもあったのか」と友達に言われるほど、腕や胸、スネにあおたんができていた

僕の青春は極真だった  アルバイトをしていた新聞配達では、片足に1.5kgずつ装着し、マンションでは必ず階段で配った  体力はかなりついていた頃だ

  

それでも僕は緑帯でやめた  茶帯を受けようかとも思ったが、試し割が壮絶なのを知っていた  緑帯を受ける時に、足で割ったブロックを肘か頭で割らなくてはいけなかった  そりゃ無理だ  僕は体重が軽い、頭も大きくはない  そんな自分が頭で割ろうとするなら、脳震盪で倒れるだろう  肘を使おうものなら折れるだろう  大きな悩みだったが、結局審査を受けることはなかった

ちょうどその頃の補強(筋トレ)で腰を痛めてしまった  それは20年以上たつ今も腰痛として後遺症のように残っている  それを機に極真をやめた

僕にとってあの10人組手はあまりに大きな経験だった  本気でいかなければやられる、アドレナリンが体中に充満した瞬間だった  絶対に勝てない相手に本気で挑むという体験はそうはできない  

極真での体験はなくても、負け試合は世に出たら皆が経験することだと思う  負けたら自信がなくなるけれど、寂しい気持ちになるけれど、それに向かうことに意味があるんだろう

  

あの時、絶対的な黒帯を相手に「一矢報いてやる」と思えた気持ちを大切にしていきたい 勝ち負けはあと、やるのかやらないのか 挑んで、そこから考える  

先日46才になったが、あの頃の闘志は消さないで生きて行こう  実は、またあのような体験をしたいと思うのはまだ僕が男だからだろう

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